


黄金の日日 昭和40年代前半以前の生まれの方であれば、記憶されているかもしれない。昭和53年に放映されたNHK大河ドラマ『黄金の日日』は、戦国時代の堺が舞台だった。市川染五郎(現・松本白鸚)演じる呂宋(るそん)助左衛門が、戦乱の世にフィリピンのルソン島との貿易で堺の豪商となっていく物語である。
「この町はベネチアの如く執政官により治められる。堺と称するこの町は甚だ大きく且富み、守り堅固にして諸国に戦乱あるも、この地に来れば相敵する者も友人の如く談話往来し、この地に於て戦うを得ず。この故に堺は、未だ破壊せらるることなく、黄金の中に日日を過ごせり(ポルトガル宣教師ガスパル・ビレラの書簡より)」と、戦国時代に町人の自治による自由都市であった堺の状況を説明する朗読から始まるこのドラマでは、前半で火縄銃が物語の進行役を果たした。丹波哲郎演じる堺の豪商今井宗久は、生産した鉄砲を織田信長にいち早く売り込んで接近して、堺の自治を守り、川谷拓三演じる鉄砲鍛冶師杉谷善住坊は、鉄砲で信長を狙撃した。このドラマで堺と火縄銃の繋がりを初めて知った人も、多かったことだろう。
今、日本各地に火縄銃の発砲演武や研究をおこなう鉄砲隊や保存会が組織されている。揃いの装束をあつらえたり、旗指物の決め事があったり、甲冑は本歌のみ使用とする団体もあるようだ。私たち堺火縄銃保存会では、発砲演武で装着する甲冑や陣羽織、衣装に決まりはない。兜に大きな角を付けたり、ド派手な陣羽織を着たりして、観覧される方々の目を楽しませられるよう、会員皆それぞれ工夫を凝らしている。言い訳としては、「堺は自由だから」である。この自由な「黄金の日日」を私たちは続けていきたい。(作:小栗)
堺と火縄銃
1543年、ポルトガルから鉄砲が伝来すると、橘屋又三郎が種子島で習得した技術を持ち帰った。堺は平安時代末期から続く「河内鋳物師」の技術基盤を持ち、良質な鉄を加工し複雑な銃身を製造できる強みがあった。
町の自治組織になる会合衆で、分業制を確立し大量生産が可能となり日本屈指のブランド「堺筒」が誕生した。
自律的な貿易都市で機能していた堺は、1569年に織田信長が6万の軍勢で包囲され、矢銭(税)2万貫を支払わなければ焼き討ちにすると脅してきた。堺の有力商人・今井宗久を重用し、軍用金(税)を提供する代償として、淀川の通行権や生野銀山の支配などの特権を交渉。結果、合意され支配下となる。松井友閑が政所として派遣され、会合衆は解体した。
17世紀半ばには年間1万挺を量産する日本最大級の鉄砲生産地に発展することとなりました。
現在、演舞で使用している火縄銃は、過去に生産された火縄銃です。
堺火縄銃保存会は堺筒を使用しています。

発砲演舞
堺火縄銃保存会は、発砲演舞において堺筒を使用しております。
出立は、袴姿と甲冑姿の二種類がございます。
堺は、古くより貿易港を有し、産業と商人の環濠都市として栄えてまいりました。火縄銃の生産地として知られ、他の町のように鉄砲隊組織が存在せず、大名の支配も受けない自治区であったことから、当団体は火縄銃の保存会として活動しております。(種子島火縄銃保存会、国友鉄砲研究会)
そのため、出立は袴姿となっております。
甲冑姿は、イベントにおいて来場者様にご満足いただけるよう、仮の姿として着用しております。兜には前立や脇立を施し、鎧は様々な色の当世具足を身につけ、陣羽織を着用した武将スタイルでございます。
時代行列が催される祭りに参加する際には、老体に鞭打ち行進しております。
それは全て、来場者様の笑顔のためでございます。その笑顔で心を満たし、活力に満ち溢れ、文化の継承活動を継続してまいります。
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